前回、陰謀論に言及したところ、CIAから削除依頼がきましたが、どうにか逃げ切りました。
日本人の政治に対する関心は、かなり高まっているようで、なぜかとても安心しました。
けっこう亀さんが人気が高いというのは、意外でした。
・・・
今日は、会社のビジネスパーミットの更新が終わりました。
PEZA企業は、makati市とはいえ、たったの8,500ペソ(17,000円)。
PEZA、つえええ。
・・・
マカティといえば、
マカティの市長のビナイさん。
このオッサン、よくZONEでバドミントンしてます。

警官を3人くらいと、とりまきを3人くらいとで来て、夕方4時頃に、バドミントンやってます。
まだお手合わせをしたことはありませんが、結構、上手です。
いまからバドミントン行ってきます。
今日はおっさん、来てるかな。
コメント (2)
今、日本のニュースが、すごく面白い
フィリピンにいるので、ネットのニュースを読む程度で、
テレビも見ないし、新聞も読まない
日本でいつでもニュースを見られる人たちがちょっとうらやましい。
・小沢幹事長は息の根を止められてしまうのか
・そんで鳩山氏も引責辞任するか
・次の総理は誰?
・橋下知事は国政に出るか?
・外国人参政権、どうなるねん
・亀井が、次は何を言うか?
・参議院選挙はどういう結果になるか
・新党結成の動きが出てくるのか
・沖縄の米軍基地どうなる
・グーグルの中国撤退はどうなる
いやもう、やめられまへん。
小沢・鳩山撤退→原口あたりが新総理ってことになると、日本は俄然、元気になるような気がします
そこに橋下さんとか、亀井とか(このおっさん、大好き)、小池百合子とか加わって
いえ、適当に書いているだけですけど、
なんか、こう、日本をかき回してもらいたいものです。
僕は陰謀論が大好きなので、小沢氏の件とグーグルの中国撤退の件とは無縁ではないと思ってる。
たぶん、誰かが背後でうわ、何をする、やめasdlkjfsdxxxxxxxxxx・・・・・・
コメント (10)
たまに思うのだけど、
フィリピンにウイルス対策ソフトは不要なんじゃないかって
なぜならほぼ全てのPCがウイルスに感染しているから
感染状態がデフォルト。
みんな一通り持ってる。
感染しても感染したことに、誰も気づかない。
数えたわけではありませんが、感覚的には「ウイルスに感染していないPC」に出あうことの方が少ない
そこに潔癖なパソコンが入りこんで
「うげえーウイルスにやられたーーー!」
とか騒ぐのだけど
感染しっぱなしのPCからみれば、
「ん?なにが?」
っていう感じです。
コレと同じで、
潔癖な人種がフィリピンにやってきて
「あれもだめ、これもだめ、仕事おせーー、間違いだらけーー、フィリピン全然だめーー」
とかわめくのだけど
もとからフィリピンはそういう状態で、誰も困らず平和にやってきたわけで
余計なお世話といえば余計なお世話。
・・・
今日は、あるスタッフのPCがウイルスだかなんだか知らないけれど起動しなくなり、
復旧に3時間費やしました。
理由は、インストールしてあったカスペルスキーが、ライセンス切れ状態になっていたにも関わらず
そのままほったらかしで使い続けていたため。
しっかり、他からUSB経由でウイルスをもらってきてしまった
ハードディスクを引っこ抜いて
他のPCにぶちこんで
ファイルだけ復旧させて再インストールした
スタッフは15人くらいいますが、誰もそんなことできないので
最後は全部、俺が・・・・
泣けてきました
コメント (5)
PEZAの担当者に、今朝、レターをメールで送ったら、なんと2時間くらいで解決した。
「金曜日に許可を出すから、レターの現物と追加のレターを作成して、一緒に取りに来い」と。
いやー嬉しいです。
ことの顛末は、
施工業者がPCABのことを知らずにうちのオフィスの工事完了
↓
PEZA「PCAB持ってない業者は認めないよ~」
↓
施工業者、1年かけてPCAB取得に奔走するが、未だ取れず
↓
そのおかげで占有許可降りず。全ての公的書類が旧住所のまま
↓
ビルへ預託した工事預託金も1年間凍結状態(36万円)
↓
「こんな小さい工事なんだから、許して~」のレターをうちが作成して、さっき送信
↓
「しゃーないな、次はPCAB業者を使うって誓約書入れろや」
↓
「ありがとーーーーー!」
レターの重要性については、何度か書いたことがありますが、口頭でウダウダ言うのとは全く違う重みがあります。
もちろん英文レターを書く能力もヒマも僕には無いので、要点を伝えてスタッフに書かせます。
今回は3回添削しました。中身は、きっちり見ます。
役所に対しては、「自分の非を認めて、お願いする」という姿勢の方がすんなり通ります。
ケンカ売っても仕方ないですから。
逆に従業員に対する警告書などは、きつすぎるくらいの表現を盛り込みます。
文法とかって、なんか適当でもいいような気がします。
なぜなら、相手は、実はあまり細かいことを読まない。
そのかわり、文章全体から伝わる、「怒り」とか「謝罪」などはきっちり読み取るような気がします。
だって、自分が受取る立場なら、細かい文法など関係ありません。一瞬で読んで、感じ取るだけです。
・・・
いままで実際に作った契約書、警告書、各種レターなどを、OffshoreCAD&ManagementのWEBサイトで、近日中に公開する予定です。
実例があるのと無いのとでは大違いですから、フィリピンでのマネジメントの参考にしていただければと思います。(同時にOffshoreCAD&Managementサイトも全面リニューアルします)
コメント (2)
バギオヘ出張。 2010 年 1 月 20 日
全くといっていいほど市場からの反応がない、AutoLISPですが、、、
バギオの測量会社(フィリピンの会社)から、「以前自社で作った160のAutoLISPの見直し」という問い合わせがありました
現地で缶詰になってやってほしいと。
僕じゃなくて、プログラマーが。
2週間缶詰で12万円で見積もり書を出しました。
やす~。。。
プログラムで儲けようなんて、もう全然思ってなくて
こいつが、「この会社にいればおもしれー」と思っていてくれるだけが望みです
ま、客の所へ行ったら、「毎月契約とってこい」とは言っておくけどね!
楽しんでこい、レオ
コメント (0)

E51は従業員に2000ペソで売り、E71を買った。
3日目で不具合。
MENUを押してもMENUが出てこなくなる。
再起動すると直る。
もう、ほんとイヤ。くそNOKIA。
でもPEZAのおかげでVAT無しで買えたし、
質感もなかなかいいので、結構気に入ったですよ。。
コメント (3)
イーストウッドの中のモールへ食事に出かけて、びっくり
フィリピンの駐車場の設計は、概ねめちゃくちゃですが、ここは最悪
車路のど真ん中に、鉄骨の列柱がずらりと並ぶ、あり得ない光景


1階のみ、このように後から補強のために入れたと思われる鉄骨が、駐車スロットの前に立ちはだかる。
その数、50本くらいか。
止めようと思っても、どう切り返しても入れそうにないので、右往左往する車、多数。
それでもどうやって入れたんだ?と思うような大型車が駐車していたりするのだが、
おそらく廻りの車が止まっていないときに、5回くらい切り返して入れたんだろう。
強度計算を間違え、補強が必要となったはいいが、梁をサイズの大きい梁に取り替えるのは金がもったいない、
さてどうしよう
柱、たてちゃえばいいんじゃね?
車が入りにくい?
切り返せばいいんじゃね?
てなことで、柱が車路のど真ん中に登場したのでしょう。。
いかにも5流デベロッパーのメガワールドがやりそうなことです。
他にも、駐車上のゲートは1階なのに、一度2階まであがってから1階に下げる、というような、あり得ない動線処理。
スロープは、登りはじめの部分と終わり部分があまりに急勾配すぎて、車体をぶつけた痕跡多数。
乗用車に乗っている人は、たいへんです。
こするとわかっていても、後続車がありますから、戻ることもできない。
こんな役に立たないものを、施主は検収したのだろうか、と思ったが、
多分施主と施工者が一緒なんだろうな。ということで勝手に納得。
世界の95%は、これくらいのいい加減さでまわっているんですね、きっと。
(ちなみに、日本の場合、法律が変わっていなければ、駐車上の車路の巾は、一方通行は3.5m、双方向の通行は5.5mと駐車場法で定められているため、こういう駐車場は作りたくてもつくらせてくれません。)
コメント (4)
ネット上では、若者の海外脱出の議論で盛り上がっているそうだ。
こういう話題が議論に上るのは、実にいいことだと思う。
私は28歳の時にフィリピンに赴任し、2年働き、2年東京に戻り、その後6年間、再赴任して、そのまま残ってしまった。
その時の経験から、日本の企業で、基本的に、全員2年くらい海外を経験するべきだと、昔から思っている。
(脱出ではなく、あくまで経験としての海外)
それ以上長いと、日本で働くのが嫌になっちゃうし、それより短いと何も分からないので、2年くらい。
海外の経験で、損することは何もない
いろいろな選択肢が増えるので、いいことしかない
28歳の自分で衝撃的だったことは、人を使う、ということだった
正直なところ、28歳では、まったく人を使うなんて出来ず、ただただ、フィリピン人のわけのわからなさで困惑するだけで終わった。
ちゃんと人を使えるようになったのは、32歳の再赴任の時からだった。
32歳で数名の組織を動かしはじめて、給料を決めたりっていうのは、それはそれは半端じゃない経験だった
日本だったら部長くらいにならないと、そういう経験はできないから。
そして
こういうことで人はやる気を出すのか、とか
こういうことで逆にやる気を失うのか、とか
集団はこういう心理があるのか、とか
こうやって教えても何も伝わらないのか、とか
従業員というのは、こんなに簡単に辞めていき、こんなに簡単に入ってくるのか、とか
こんなに自分は見られているのか、とか
・・・
でも、これって、発展途上国へ、指導者として行ったひとにしか味わうことが出来ないです
発展途上国ではなく、欧米へ行って普通の企業にはいっても、こういう事が味わえるのか、っていうのは、よく分からない。
日本の若い人たちに海外に出て欲しいと思う理由は、
英語とか、価値観の違いを学ぶとか、自分の主張することを覚える、とかじゃなくて
一にも二にも、人を使ってみろ、組織をデザインしてみろ、っていう点です。
私は建築の設計を仕事をしていましたが、建物を設計するより組織を設計するほうが、断然面白いと気づき
(あ、これおもれー。設計やめてもいいかも)と思ったのは35歳くらいの時でした。
日本の起業率は3%しかないそうです
対してアメリカは15%だとか
植民地を所有していた国の国民は、組織マネジメントがかなり得意です。
なのでビジネスの水平展開に長けています。
ローカライズがうまい、のではなく、最初からローカライズが不要なやり方を構築します
日本人は、超ヘタくそです。
社内規則でさえ「そんなものは、なくても察知するべきだ」なんていうお年寄りがいるくらいです。
1人の社員を何年も使い、その人が辞めちゃうとヤバい、という状態を作るのがうまいです。
当然、マニュアルやデータベースなど何年たっても、1ページも作りません。
それが日本人のやり方です。
・・・
われこそは、と思う人は海外に出ましょう。
発展途上国で、マネジャーとして、です
英語留学なんてかったるいことはやめて、いきなり働く方がいいと思います。
最初の1年は住居だけ支給してもらって無給で、なんていいのではないでしょうか。
マネジャーをやらせてもらえるのなら、安いものです。
そういう人が増えれば日本はまだまだ伸びると思います。
コメント (1)
日中は割と時間が自由に取れるけど、夜は納品があるために、あまり時間が取れない
で、週に2回くらい、夕方4時ごろから1時間、バドミントンをやってます
「今日は時間が取れそうだ」と思ったら、着替えなど用意して、
会社に行く途中、バドミントンのトレーナーに
「おい、きょうやるぞ」
と連絡するだけ
トレーナー代は、1時間300ペソを個人的に払って
コート代は50ペソ、僕が払う
場所はZONE(シュークリームの横)
で、最近、やっとダブルスを始めました
それもすげぇフィリピン流で、
ダブルスをやるときは、その辺のプレーヤーに声をかけるんです
「ダブルスやろーぜ」
「おっしゃ」
これでおわり
もちろん僕は気が弱いので、トレーナーが声を掛けます
ダブルスは、気合いの入り方が違います
トレーナーは、半端じゃなくうまいので、本気を出すと相手がつまらないので、基本的にスマッシュは打たない。
コースだけで、あっちゃこっちゃ打ち分けて、いい勝負にもっていくんです。
日中、ヒマなひと、どうですか。バドミントン
めちゃくちゃハードですけど
男女あまり関係なくできるのがいいですね。
コメント (1)


会社で作ったAutoLISPをWEBで公開している
そんで、ADWARDSに金を払ってクリックを釣っている
国別のクリック数を見ると、なんじゃこりゃ、という結果がでる
全クリックのうちダントツ29%がベトナム、次が15%がインド
他の国からは、ほぼ無いに等しい
さらにベトナムのうち、ほぼ半分が「ハノイ」からのクリック
ホーチミンはその半分
ベトナムの人って、AutoLISP好きなの?AutoCADをよく使うの?
ハノイにはいったい何が?
なんだかよくわからないが、他の国とちょっと違うらしいということだけは確かなようです。
・・・
昨日はマニラで仕事をしている20代から40代の人7~8人で集まったのですが、
ベトナムはフィリピンよりぜんぜんすげえ
という話が出ました
ベトナムに注目!という話は今に始まったことでは無いのだけど
私もベトナムはかなりいいと思います
日本人の国民性と似ていて、背中のスイッチいれたら爆走するんじゃないだろうか、という予感
コメント (2)
日本に行くと感じること。
広告から感じる、必死さ。
電車の中吊り広告などを見ると、どうにかして売ろうという必死さがすごい。
中には痛々しさまで感じさせるモノも。
もう、普通では考えつかないような機能やサービスを、あの手この手で売ろうと一生懸命。
その相手は、全て日本人。
世界で一番、品質に口うるさく、
すぐにお金を貯め込むクセがあり
若年層がどんどん減っているというあの日本人・・・
本当に大変だと思います。(自分も日本人相手の仕事をしていますが)
海外に住む者から見ると、なんでわざわざこの狭いところで日本人に勝負するのか。。と、つくづく感じてしまう。
で、広告を見ながら「この商品って、ちょっといじくれば海外でも販売できるんじゃないか」とか
「このサービスは海外でも・・・」とか、「あ、これは日本で売るしかないな」とか、色々考えてしまう
すると、最近の新聞で、ユニクロが自社の社員を数百人規模で海外に出す、との記事。
さすが。
やっぱ、社員に海外経験がないことには、なんともならんものね。
今日のChikirinさんの日記はよかったですので読んでみてください
(今日の、というか、どのエントリーもすばらしい洞察に満ちており、この作者は何者なのだろうといつも考えてしまいます)
最初から世界へ
○○○な視野
長期的視野をもった経営?
こういうためになる記事のあとで、私がアホなコメントを加えるのもアレですが、、、、
海外に日本の商品をよくもってきて使うのですが、イラーっと来るときがあります。
商品のデキにイラーっとするのではなく、「なんで最初から海外対応を考えないの?」
ということにイラーっとするのです。
たとえば一昔前のデジカメ。ソニーでさえ英語メニューがなかった。
先日買ったコクヨのスキャナー。電圧が100V対応です。(ひょっとしたら海外向けには200V用のを同梱しているのかと思ったのですが、英語のグーグルでググってもヒットしないところを見ると、海外では販売していない。)
ScanSnap付属のソフトも日本語オンリー。
JW_CADもベタベタの日本語オンリー。まあこれは趣味で作ったようなものだけど。。
他にもアークドローとか、アーキトレンドとか、CADWELLとか、すばらしいソフトなのに英語版がありません
家電では、掃除機、空気清浄機、炊飯器、アイロン、冷蔵庫、日本の家電は何をとってもぶっちぎりの機能と品質ですが、まあ、まず200Vには対応していないです。
おまけに「入」「切」「強力」「フィルター交換」「スチーム」など、ぜーんぶ日本語で本体に書き込まれてる。
もう、アホかと。
ON、OFF、HIGH、FILTERくらいの英単語、うちのお袋でもよめるっつうの。
たとえば、休刊を決定した学研とか、休刊する前に海外向けに販売とか考えなかったのだろうか。
あの付録に簡単な説明だけ英訳して紙っぺらに印刷してつけときゃ、ほしがる子供は世界中にウン千万はいる。
それほど、ぶっちぎりのクオリティなのに、休刊。
日本の粉ミルク。すげえです。さっとお湯に溶けます。赤ちゃん、ガンガンのみます。
でも売ってない。赤ちゃん本舗は、フィリピンに本店を置けっつうの。
日本のセロテープ。すげーです。はがしても糊がのこらない。
でも売ってない。文具メーカーは各社共同で海外展開しろっつうの。
パチンコ、パチスロ。「ボーナス確定」とか、日本語表示やめれ。
英語にしておけば、北斗の拳なんてマカオではやるだろうに。
公文はうまいこと海外展開したからOK。
pepper lunch、大成功。フィリピンでの1店舗の1日売り上げを聞いてびっくりしてしまいました。
あんなにまずいのに、バカ売れです。
IKEA。
これもすげーです。
組み立てマニュアルには、文字さえありません。全て、”絵”です。
しかも製造国が、全てCHINAというわけではなく、世界中のあちこちです。
もう、スタートからしてグローバル。
HPもそうです。マニュアルには最小限の説明(4カ国語で)しかなく、全て”絵”で説明しきっています。
サムソン、すげえです。目立つところの液晶テレビは全てサムソン。家電売り場でも目立っているのはサムソン。
ガラパゴス携帯で辛酸をなめたクセに、なにも変わってないです
いまだにたった1年でぶっ壊れるクソNOKIAが、圧倒的なシェアを占めています。
本当にNOKIAの携帯って、クソ品質なんです
半年くらいでLCDは真っ白になります
再起動を繰り返します
バッテリーはどんどんもたなくなります
2年くらいでバックライトは切れます
充電器は接触不良を起こします
いくつ機種を買っても同じです。
日本の携帯を10点とすると、3点くらいの品質です。
紀伊国屋なんて、AMAZONに好き放題やらせておいていいんですかね。日本国に税金を払っていないというAMAZONに。
もう、悔しくてしょうがない。
クソNOKIAを毎年、買いつづけ
AMAZONで買い物をする
頼むから、日本勢は最初から海外で売ったり、外人に売ることを考えてくれよ、というイライラ。。
そうだ、もう一切の新製品開発をやめてだな、全社一斉に1年間かけて既存の商品やソフトウェア、WEBサービスを全て英語化する、というのはどうだろう。
もう、インフルエンザだからって、微粒子カットとか、3次元とか、10種類20種類もマスク開発しなくていいから。
アジアや南米の人々の購買意欲というのは、それはそれはすさまじいのに。
自動車やアニメだけではなく、置いておくだけで売れる商品が、日本にはゴマンとあるのに。
日本人の相手はそこそこにして、最初から海外を相手にしてくれ。
だから、太陽電池と原発と新幹線は、絶対にまけるなよ。
たのむ
※もう一つ思い出した。高機能カーナビ。日本向けはもういいっつうの。早く海外市場に注力して~
コメント (4)
ハイストリートのおもちゃやで、「人生ゲーム」をかった

昔から日本にある、あの人生ゲームと同じ(ただし英語版)
それをもって、C5のスターバックスで、家族4人で人生ゲームをやった
4歳の娘と
「パパ、これ、どっち行くの?」
「それはおまえが決めるんだ」
「どうちがうの?」
「こっちは学校へ行って、お給料を多めにもらえるコースだけど、お金がかかるんだ。
こっちはすぐ働くコースだ。
どっちに行くか、おまえが決めろ」
とか
「こっちはファミリーと楽しく過ごすコースだ。
こっちは仕事をバリバリやるコースだ。
どっちに行くか、おまえが決めろ」
とか、
もう、おかしくて笑えてきました。
4歳の娘も6歳の娘も
「・・・・・・ファミリーがいい・・・」とぽつりと答えていました。
2人とも「カレッジに行くコース」を選び、人生後半では「家族と楽しく暮らす」コースを選んでいました。
今となっては、設定が古すぎですが。
途中で何度も、母親や父親を訴えてお金を取っては
「やったーママをSueした!ママをSueした!」
とはしゃいでいました。
年齢とセリフのギャップが激しすぎて、めっちゃくちゃおもしろかったです
人生ゲーム P1800くらい
コメント (0)
仕事中にヘッドホンはアリかナシか
→当然、アリ。ただし、リーダーについては、俺が名前を呼んだら1回で返事ができること。
というルールでやっているのだけど、僕が
「なあ、ライアン・・」
と小声でつぶやくだけで
「はいっ」
といいながら、ヘッドフォンをバサッっと外してこっちを見るので、ちょっとこわいやら、快感やら。
お山の大将はやめられないっす。
コメント (0)
NHKドラマ、坂の上の雲を見終わったら、なんだか大きな仕事をしたくなり、むずむずしてしまった
マニラで活躍されている三宅さんがおっしゃるには、2010年はフィリピンへのリタイアメント移住者が増える、「リタイアメント元年」となるであろう、とのことだ
それと同時に、若者が海外へ流出し始める、「若者の海外流出元年」ともなると思う。(フィリピンへはそれほど多くは来ないような気もするが)
坂の上の雲もそうですが、ものごとの転機は常に「海外」がキーとなる
英語分からない
パスポートもってない
日本がいい
味噌汁くいたい
ウォシュレットじゃなきゃいやだ
とか言ってられない時代が、いよいよ始まります
若者は月給5万円くらいで馬のように働く、優秀なアジア人たちと、いやでも競っていかねばならないし
どんな中小企業も多かれ少なかれ海外と関わりを持たねば生き残れないし
民主党の政策により、中国からの流入はいよいよ増えるだろうし
単純作業で月に18万円払う経営者はガチでいなくなるだろうし
もうね
いやだとか、反対だとか、そういうことではなく
日本はアジアと混然一体、とまで行かないまでも、
電車に乗れば5%くらいが外国人で、
接客する人は、デフォで英語を話さなきゃならん時代になる
そんな流れなんです
でも悲観することばかりではないです
若者たちが海外にでて、いろんな海外のいろんな事を目の当たりに体験します
世界で日本だけがあまりにユニークで、他の国は似たり寄ったりということに気づきます
で、日本の良いところ悪いところ、いろんな事に気づいて、おそらく、いずれは日本に戻ります
そのころは日本の企業を牛耳っている団塊の世代もいないでしょうから、
ここからです、日本がおもしろくなるのは。
とにも、かくにも、海外経験者にあらずんば社会人にあらず、みたいになるんです
海外経験2年なければ公務員試験を受けられないとか、そういう風になればいいのに、とさえおもいます
海外での経験は、得ることしかない
15歳の君たちに告ぐ、海外へ脱出せよ
↑そのあたりのことを、とてもうまく書いていらっしゃいます。20くらいのエントリーを読ませていただきましたが、感じていることが、すげぇ似ている!と思いました。(と思ったら作者は東大のほぼ同期で、海外に出ているという点も共通だった・・・)
・・・
僕がフィリピンにやっとの思いで作った会社は、現在、社員数15人なのですが、
坂の上の雲を見おわったら
なんか、自分のやってることのちいささが、いやになってきちゃって
むしょうに早く100人くらいの会社にしたくなってきた
100人のフィリピン人従業員のマネジメントなんて、
僕にとっては、まったく苦でも何でもないので
問題は、その仕事をどうやってとるのか、という点に収束するのだけど
もう20名超えると、毎月ゼロスタートの”受託”でやっていくのは不可能で
大きな会社と年間契約でもカマして、
そこから若くてピチピチした社員を派遣してもらって
実務はその人にブリッジさせ、そのブリッジとフィリピン人従業員の双方を自分が監督・助言するという方法しか成り立たない
そんでその日本人にも起業してもらったりしたら、なお楽しい
そういう仕組みを作るのは、超得意なんですが
そういう客は、こちらから猛烈にはたらきかけないと、待っていても出てこない
だから2010年の目標は、、、(以下略)
久しぶりに1人でスタバでも行ってくるか。。
<p style=”margin-top:50px;”></p>
コメント (0)
坂の上の雲というNHKドラマの全5回のうち4回までをまとめて一晩で見た。
過去に文庫本を読みかけたが、あの時代の建物や着ている服などの映像がどうしても頭に浮かばず、おまけに「好古」などの読み方もわからず、1冊目も読まずに放り投げてしまった。
このドラマを見て、よくわかった。正岡子規って男だったのか。。。
これでいま大河ドラマでやっている”坂本龍馬”も見てからなら、司馬遼太郎の本もすんなり読めるかな。
さすがはNHK、ハゲタカや今回の坂の上の雲、官僚たちの夏、など、見応えのある番組を作ってくれる。
政治主導だ!というときに「官僚の夏」を作ったり、
JALがつぶれるときに、「沈まぬ太陽」が公開になったり、
日本がどうなるんじゃい、というときに、「坂の上の雲」
タイミングがよすぎる。
・・・
「坂の上の雲」というのは、結局の所、ビジョナリーカンパニーでいうとこころのBHAG(困難で大胆な目標)とほぼ同じ意味だとわかった。
国を動かすにも、会社を動かすにも、この”一見、困難で大胆な目標”があるかどうか、というのが一番大切。
これがあれば、概ねうまくいくし、コレがないと、人はおもうように成長しない。
本屋に並んでいる経営書のほとんどは細かいテクニック的なものであって、枝葉末節だ。
いま、日本は「坂の上の雲」なんてなくなってしまった
対して、中国は国民全体が「坂の上の雲」を追いかけている
中国海軍は、日本の海上自衛隊にしかできないとされていたパラレル航行はおろか、ダブルパラレル航行までやってのけ、海上自衛隊を驚かせたのだそうだ。
日本では若者が海外へ流出する傾向が強まっている。
たとえばタイでは月給10万円、1日300円で生活する日本人の若者が増えているという
東京のコンビニで働いているのは中国人ばかりだし
中小企業の経営者は、「日本人は高すぎて使いたくない」と口を揃える
単純労働=アジアの労働力、というのがデフォルトとなってきた感がある
いまから5年くらいで、日本は大きく変化していきそうな感じです
たいへんな時代です
コメント (5)
日本から帰国し、NAIAターミナルで入国手続きをした。
手続きが終わり、ターンテーブルの荷物を待っているとき、コートを飛行機の中に忘れてきたのを思い出した。
「やべ、コート忘れた。ちょっと行ってくる」
そのへんの職員を捕まえ
「飛行機にコート忘れた」
「あっち、あっち」
言われるがままに、入国エリアに戻った。
すると、タイミングよく、別の職員が自分のコートを抱えて階段から下りてきた
「ああ、それそれ、それだよ、俺の」
「おまえのか。中は何が入ってる?」
「携帯!」
「座席番号は?」
「39-D」
「正解、正解、パスポート貸して。こっちきて書類にサインして」
そうこうしているうちに、わらわらと野次馬の職員が2名ほど集まる
「日本人か」
「どこに住んでるんだ」
「家族はフィリピンか。」
「奥さんはフィリピン人か」
「何年住んでるんだ?」
「子供は何人だ」
「何してるんだ」
最後に、
「出国手続きは終わってるのか」
と聞くので
「タポスナ」
とフィリピン語でいったら
「しってるじゃねーか。あ、おまえ、チップもらわなくていいのか」
と野次馬の一人がコートを持ってきた職員に、余計なことを聞く
「いいよいいよ、いらないよ」と職員
「いらないってよ。じゃあな。きをつけてな」
コート忘れただけで、根掘り葉掘り聞かれて、次にあったときはたぶん「ともだち」
日本から帰国した直後だっただけに、やっぱフィリピンって、なんか面白いよなーとか余計に感じてしまった。
コメント (0)
シーシェパードと捕鯨船がバトル。
興味しんしんです。
日本の捕鯨船は、いつもの調子でおっとりと対処していたのかと思ったら、全くそんなことはなかった。
シーシェパード妨害船が日本調査船に衝突
を見る限り、すげえ果敢に放水しているわ、ぶつかるとわかって進路を変えずに突進するわ、
けっこうやってる!
そしてタイミングよく官房長官や農水大臣も、援護射撃のコメント
調査捕鯨というのは、数隻の船のグループで行動する。最近の捕鯨チームはかなり学習していて、母船がシーシェパードに見つからないように、1隻がオトリになって、フラフラ攪乱しているのだそうだ。
おかげで捕鯨自体には全く影響が出ていないのだとか。
こういうところでの強気の対応を示すことは、今後の外交においてきわめて重要だと思う。
・・・
一人の日本人の心に、グローバル感覚とか国際感覚というものが、いつ目覚めるのか、というと
海外旅行をたくさんしましたぁ、海外で留学しましたぁ、TOEIC800点とりましたぁ
ではなく、
まわりが外人だらけの場所に自分一人しかいない状況で
原爆やら、パールハーバーやら、捕鯨やらの、話題がでてきて
あたかも自分が日本代表のような立場で何かを言わなければならないという状況に遭遇したとき
この瞬間に初めて国際感覚が生れる
のだそうです。
読んだ話ですけどね。
そのためには、江戸時代で終わってしまう日本の歴史の勉強カリキュラムじゃどうにもならん
ドラゴン桜でも言っているように、現代から逆にさかのぼるカリキュラムに大変更する必要がある。
日本という国は、まだまだいろいろやることがいっぱいあるなー。
コメント (4)
頭を使って知恵を出せ
知恵の出ないものは汗を出せ
汗も出ないものは静かに去れ
いや、もうこの言葉、もう、ピターっって感じ
本来は、社員、全員に頭を使って工夫しながら仕事をしてほしい
でも、これはとても難しいので、できる人とできない人がいる
できない人は、一生懸命がんばってもらえれば、それでいい
そのがんばりさえもできない人は、
出てけーこのヴォケすっとこどっこい
という意味だ
これを英訳して、壁に貼る!
ていうか英訳難しい。
永大産業の創業者の言葉だそうです。
すばらしい。
ハムスター速報でみつけました
コメント (0)
大晦日の飛行機で日本に帰国し、京都の母のところで新年を迎えた。
今年の3月で、サラリーマンをやめて丸3年となる。
起業をしてからは、今で2年3ヶ月。
この1月で41歳になる。
今、振り返ると、
『いやー、オレ、よーやったな』
とつくづく思う。
会社員時代には、フィリピンの支店立ち上げ業務というのをやったのだが、その業務が終わったときは
「こんな大変な仕事はもう2度とできないし、やりたくない」
と思った。35歳のときだった。
それほど、大量のエネルギーを消費した仕事だった。
ところが、今振り返ると、それよりもさらに大変なことを、この2年半で、もう1回やっていた・・・
けっこう人間って、夢中でやっちゃえば、がんばれちゃうものなのね
・・・
独立後を振り返って、一番大変だったのは、とにもかくにもスタート。
人がいなければ仕事は取れない。
仕事が取れなければ人も雇えないし、場所も借りられない。
という、スタートのジレンマは、想像以上に大変だった。
しかもすべて自分のカネ。
あっという間に100万円がなくなる恐怖。
そんでもって、想定外のペソ高だったため、100万円を売り上げるのに軽く100万円を使っていた。
あのときほど、社員が憎たらしかったことはない。
僕の場合、ワンルームのアパートをまずは1室借り、社員を2名、というところからスタートした。
その部屋を2部屋にし、3部屋にし、というふうにしてスタート時期を乗り切った。
いま考えても、独立企業のステップはこれ以外にないような気がする。
あと、ウチの場合、ただCADで図面を書くというのではなく、オリジナルのプログラムを使って図面を書くということをしていて
それは、寿司にたとえれば、寿司屋を開店するまえにシャリの開発からするようなもので
今思えば、それはそれは本当に気の遠くなるような準備をしつつ開店したわけだが
その効果って実際、どれくらいあったんだろうか。。
まぁ、あったことにしよう。
・・・
そして、今の事務所に引越しして、全員がひとつの部屋で働けるようになったと思ったら
リーマンショック。
ひとつを残してすべてのプロジェクトが止まりました。
本当に、すべてが。
仕事は激減、というより、なくなりました。
会社をどうやって誰に売ろうか、そのあと、自分は何をしようか、ということをいろいろ考えていた。
将棋でいえば、飛車を動かす前に投了してしまうような感じ。
ところが、どういう風が吹いたのか、2009年の最後の3ヶ月は、突然仕事が増えた。
いったん減らした社員も、また15名まで復活。
なんとか会社をつぶさずにすみ、いくばくかの賞与を従業員に支払うことができた。
カミさんに「ボーナスが払えてよかったね」と言われたのが嬉しかった。
しかし、ビジネスとはそんなに簡単ではなく、5つ話があれば3つはキャンセルになるような世界。
いただいたプロジェクトのうち、本当に来そうなのはどれか、ということを勘を働かせて、人材を補充するかどうかの判断をしなければならない。
これは受託産業の宿命で、キャンセルするお客さんが悪いのではなく、そういうものなのであるから、勘を働かせてうまく対処するよりない。
そのへんの対処も、なんとなく慣れてきたように思う。
・・・
プライベートでは、自宅を今の場所に引越しをし、そこがとても快適な場所で、とてもよかった。
とても小さな一軒家なのだけど環境がよく、ここならずっと住んでもいいかな、と初めて思える場所を見つけた。
・・・
とにかく
会社をやめて、本当によかった
もし、やめていなかったら、大都会の中で100%うつ病になっていただろうし、
この景気になってしまえば起業しようなんて絶対に思わないだろうから、たぶん一生、社畜となっていた可能性が高い。
自分で会社やるって、楽しい
この1年、すげー大変だったけど、幸せな1年でした。
来年は、規模の拡大や新規ビジネスを模索するようなことはあまりせず、今にもましてバリバリ働き、まずはがっちりと稼ぐクセを作りたい。
そんな感じです。
・・・
あけましておめでとうございます~
コメント (5)
|