AutoCADによる建築製図用AutoLISPプログラムSpeedDraftの全機能説明をアップしました。
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SpeedDraftをクリック
約20個のツールバーがあり、それぞれをクリックすると約200個のコマンドそれぞれの概要が見られるようにしました。基本コマンド集なので、それほど見栄えのするものではありませんけど。
プログラムの配布の仕方が分からないので、まだダウンロードはできません。プロテクトのかけかたなどを研究してから、もし興味のある方がいたら配布したいと思います。
来月には平面図・平面詳細図用コマンド集を完成させるべく、鋭意製作中であります。
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アマゾンでAutoLISPの本を買ったのがちょうど1年ほど前。ここまで書くのに1年かかりました。
なんでこんなプログラムを書いているかというと、一言では語りつくせない、とーーーーっても長い理由があります。
私はずっとゼネコンのサラリーマンでしたが、フィリピンに派遣されて以来、退職する4年も前からずっと独立することを想定しながら働いていました。
独立するために必要なものは、なんといっても専門技術。(コネが必要だという人もいますが、独立前のコネなど1年2年たっちゃえば何の役にも立たない)
専門技術にもいくつかあって、図面のアウトソーシングの場合、1つ目に建築の知識・経験。2つめにフィリピン人をマネジメントする技術。 最後にもうひとつ、私がのどから手が出るほど欲しかったものが、「プログラムの技術」でした。
ゼネコン在籍時には、その会社でカスタマイズされたAutoCADをずっと使っていたので、その絶大な効果は身をもって体験していました。その効果とは、
1: 物理的なスピードアップ。
2: どのフィリピン人が書いてもレイヤーや寸法を間違わないようにするための標準化
3: フィリピン人に対する「最先端作図」のアピール
です。スピードアップや、標準化というのは製造現場と同じなのでよいとしても、3番目の「フィリピン人に対するアピール」という点は何かというと、こういうことです。
4年以上も前のこと、新入社員を10名集めて、導入研修を開始する初日、あるスタッフにこう命じました。
「おい、この小さい平面詳細図をコマンドを駆使して1分で書けるまで練習しろ。
そんで、新入社員全員の前で、プロジェクターでデモをやれ。お前なら出来るだろ。おもしれえぞ。」
スタッフは10人の新入社員の前で、小さな平面詳細図を通り芯から書き始めて、1分で書きました。
結果は思ったとおり。新入社員全員が、あまりのスピード作図に目を丸くし、全員、画面に釘付け。
「おう、どうだった、反応は?」
「いやあ、みんな、『どうやったら、あれが使えるようになるんだ』って、もうすごいですよ。」
「そうだろう。みんな初任給の低さなんて忘れちまっただろ。ガハハ」
フィリピン人は、最先端技術が大好き。他の会社よりも俺達は進んでいる、という誇りを持ちながら仕事をするのがすき。
彼らの会社を見る目は非常に冷静で、あまり野暮ったい、ダサい方法を使うと、離職率が高くなってしまうのです。
逆に、「ぜひ、これを習得したい」と思うと、安い給料でもしばらくは働いてくれるのです。
そして、そのフィリピン人たちのボスである日本人は、ダントツの技術を持たなければならない。
であるから、AutoCADのカスタマイズは独立する上での絶対条件の一つでした。
しかし、それには2つの大きすぎる難関が。
ひとつは、思ったとおりのプログラムをどうやって手に入れるんだ、という問題。
もうひとつはプログラムがあったとして、あの45万円もするAutoCADをどうやって台数をそろえるんだ、という問題。。
これは私の独立への道を長い長いあいだ阻んでおりました。
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いろいろ検討しました。
AutoCAD以外のソフト(インテリCADやJWCAD)を使うか。
販売されているカスタマイズソフトを買うか。
委託して作らせるか。
以前いた会社にお願いして、退職後もソフトウェアだけを使わせてもらうか。
使わせてもらったとして、高いAutoCADをどうやって買うか。
それとも、カスタマイズを一切せずに、「素」のAutoCADを使うか。
フィリピン人に会社を作らせて、海賊版を使わせるか。
実際に、始めて退職の意思を上司に伝えたときは、「退職後もプログラムを使わせて欲しい」とお願いをしました。反応は「無視」でした。
当時、AutoLISPは何も知らなかったので、インターネットで公開されているフリーのAutoLISPプログラムを試しに動かしてみたら、スムーズに動くことを確認しました。
「これはいけるかもしれない。あとはプロテクトされていないAutoLISPのプログラムさえあれば。。。」
しかし、そんなに都合の良いプログラムなど、所詮あるわけがありませんでした。退職前にAutoLISPのプログラマーを雇い、どこかのオフィスをこっそり借りてプログラミングをさせることも真剣に検討し、場所まで見つけました。しかし、やはり自分でできないものを、人にやらせてもうまく行かないような気がしたので、実現には至りませんでした。
「自分でできるものなのだろうか」という悪魔のささやきが頭のなかをよぎりました。以前、Visual Basicを独学した経験があったので、ひょっとしたら自分でも出来るのかもしれない、と思い始めました。
アマゾンで本を購入し、仕事の合間に1ヶ月くらいかけて読み、ためしに見よう見まねでプログラムを作ってみました。そこからAutoLISPにハマるまでは一直線。だんだん習得するにつれ、AutoLISPで何ができて何が出来ないか、ということがわかってきました。そして、97%くらいの機能はAutoLISPで可能であり、残り3%は独立には支障のない程度のものであることも確認しました。
「よし、これで辞められる。なんとかなる!」
もう、業務そっちのけでプログラムの勉強に没頭しました。1日中、楕円の接線の計算をしていた時期もありました。やはり、できるだけ多くの部分を完成させてから、安心して退職届を出したいと思いました。
そして予定通り、12月某日に退職届を提出しました。(プログラミングは予定通りには進んでいませんでしたが)
そこには衝動も特別なきっかけも何も無く、ただ予定の中のひとつの行事みたいなものでした。
図面屋が図面を書く前にプログラムを書くなんて、寿司屋が寿司屋を開く前に、米の品種改良から始めるようなもので、自分でも気の遠くなるような決断でした。「退職する」という決断よりも「自分でプログラムを書くのか、書かないのか」という決断の方が、実際には重い決断でした。
こうして、プログラム作業は1年以上たった今も続いているわけですが、今では、始めてみてよかったなとつくづく思います。
独立、というのは、本当に「独立」でなければならず、金銭的にも技術的にも基本的には独立していなければならない。その上でようやく経営の独立がある。「コレやコノ人に頼らなければ続けていけない」という「コレ」を絶対に作ってはいけない、と常々思っています。
そういう意味で、プログラムをとりあえず自分の味方につけたということは、私にとっては大変な自信につながるものでありました。
こんなに長々とプログラミングのことを書いているのは、自分と同じくらいの世代の人や、フィリピン人スタッフに対して、「自分に投資しろ」ということを言いたいからです。
ろくな努力もせずに、成功ばかりを求める人があまりに多い。
時間を消費活動ばかりに使っている人があまりに多い。
今のまま、ずーっとそこそこで暮らしたいのならまだいいのですが、僕は嫌です。
僕は成功したいし、たぶん成功すると思う。
死ぬ前に、「いい家族に囲まれたし、いい仕事にいろいろ挑戦できてよかった。」と思ってから死にたい。(あと60年先の話ですが)
ということです。
僕の作ったプログラム自体は、プロから見ればどーってことのないものばかりですから。
毎晩酒とカラオケで夜をつぶしていたら、それなりの
暮らしになりますし、違ったものになりたかったら、
それなりの時間の使い方をする。
僕はその考え方しごく健康的だと思います。
お互い成功あるのみです。
tom in manila {571} 2007 年 11 月 27 日 @ 10:46 AM